Vol.
72
アメリカのホテルで学んだ“労働意識改革”
「人の5倍は働いて欲しい」そう言われて、私は閉口した。すでに他のスタッフの2倍程度の時間は働いているはず。これ以上どうやって働けというんだ!すると、彼は言った。「自分のために働いていなければ、人の5倍は働けない」
プラザで働き始めた当初、私は燃えていた。「チャンスを与えてくれたこのホテルのために、そして、このホテルを利用してくれるゲストのために、尽くしたい」可能な限りのサービスを行うため、ひと月に丸一日休める日は2日程度。だが、無理難題を言いだすゲストやクライアントに会うと、「こんなにしてあげているのに。。。」と思うことがあった。
そんなときに、上司の教えを得る。彼が期待したものは、売り上げを5倍にすること。アメリカは、結果をみて判断する社会。どんなに長時間働こうとも、それは評価の対象にならない。大切なのは、いかに高い生産性をあげられるかということ。それにより、給与も、昇進も査定される社会だ。
売り上げは、身を粉にして動き回ろうとも、急激に伸びることはない。だが、優れたアイデアは、3倍、5倍、いや10倍もの伸びさえ可能にする。そして、そのアイデアは、「どうやってそこに到達してやろうか!」という、ゲームを前にしたときに感じる“わくわく感”から生まれてくる。「あなたのために、こんなにしてあげているのに」という意識からはとうてい生まれはしない。
「会社のために」「人のために」そうした気持ちは尊い。だが、その気持ちがモチベーションであるかぎり、無理難題にでくわしたとき「こんなに一生懸命やっているのに」という疑問や怒りがでてくることは避けられない。それでは、せいぜい人の2倍の時間は働けても、5倍の売り上げを出すことは不可能。「どうやってこの無理難題を乗り越えてやるか!」というわくわく感を得るには、「すべては自分のために行っている」という意識が必要。それが彼の教えだった。
元をただせば、人にサービスをするのも、会社に尽くすのも、自分のために行っていることだったはず。私がホテル業に入った大きな動機のひとつは、「人が喜ぶ顔を見るのが嬉しいから」というものだった。つまり、人の喜ぶ顔を見ることは、自分を満足させるための手段。人に喜んでもらうことの先には、“自分が満足感を得るため”という目的があった。会社に尽くすことは、それで得られる快感を得るための志。“会社のために”の先には、やはり自分を満足させるためという目的があった。にもかかわらず、この目標がいつしか消えさり、“ゲストのため、会社のため”という意識だけが残った。そして、無理難題にであったとき、「こんなにしてあげているのに!」という憤りさえでてきてしまう悪い習慣に浸っていた。
今日、解雇を言い渡される厳しい社会で生き残るには、生産性を上げなくてはならない。そのためには、意識改革が必要。それなしに、大きな仕事はできない。それを私は上司から学んだ。その後、必然と、私の働き方は大きく変わっていった。
私が人々から学んだ数々の教えは、私の職歴を支えた。その集大成が「超一流の働き方」。日本のサービス業を支える人々の参考になれることを願っている。
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著者:奥谷 啓介
1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。
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