Vol.
80
弱者を優先するアメリカのサービス
アメリカのホテルと日本のホテルのサービスでは、重点の置かれている場所が違う。
アメリカのサービスは物質主義に基づき、物を与えることに重点が置かれる。たとえば一流ホテルでは、朝食時にオレンジジュースを何回でも無料でリフィールしてくれたり、レストランで「今日は誕生日」といえば、無料でケーキを用意し、スタッフが“ハッピーバースディー”まで合唱してくれたりする。プールやジムも無料で利用できる。こうした経費のかかるサービスは日本のホテルでは難しい。
一方、精神性に重点を置く日本のサービスでは、丁寧で迅速な対応に重点が置かれる。たとえば、エレベーターの前で、お辞儀をして行き先階のボタンを押してくるスタッフがいたり、ホテルのロビーに入れば、すぐさまベルマンがでて来て荷物を持ってくれる。最低限のスタッフ数で運営を行うアメリカのホテルではこうしたサービスはなかなか生み出せない。
それぞれの国の文化風習に基づいて、サービスは形成される。だから、多くの日本人は日本的サービスを最高と感じる一方、アメリカ人は日本のサービスに物足りなさを感じる。それぞれ一長一短。土俵が違うのだから、単に、どちらが優れているかと比べることはできない。
だが、私はアメリカのサービスに、日本では感じられない爽快感を感じることがある。それは、弱者を何よりも優先するという姿勢だ。早朝にお年寄りが来て、部屋ができていないとき、彼らは何とかして休んでもらおうと動く。「まだチェックインタイムではありませんから、部屋は用意できていません」などという台詞を言うことはない。どうしても部屋がないときは、スイートルームを仮部屋として提供してしまうこともある。幼児、身障者、妊婦などを助けるためにも、彼らは同じように最善を尽くす。
これは強い法律社会が作りだした意識。人種差別が生み出した悲惨な環境に長きに渡り苦しめられた人々。ベトナム戦争により身障者となった人々。そうした人々を救うために強化された法律が育てた意識だ。映画ひとつをとっても、アメリカの多くの映画は、上映までに、字幕と音声ガイドが作られ、聴覚、視覚障害を持つ人々でも、一般の映画館で楽しめるようになっている。一方、戦後、ほぼ単一民族で争いごとなく過ごしてきた日本では、助けを必要とする人口は多くない。それゆえ、弱者を救う環境が育たなかった。それはサービスの中にも大きな違いとして現れている。
アメリカのサービスには、弱者優先という決まりがあり、その次にホスピタリティーが来る。どんなにお金を払うゲストがいても、その順番が変わることはない。
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著者:奥谷 啓介
1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。
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